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5月, 2026の投稿を表示しています

Petite Info

When I was 25, I had 5 policemen, one in police costume, 4 others in normal clothes came in to my room. Interrogation. I knew what I have done those days was going mad but I couldn't stop myself from anger, so I had this interrogation with 5 policemen. One officer in police costume told me that they are checking my e-mails. I didn't answer, because if I had argued about it, they simply could take me away as Schizophrenia patient. This conversation was tough one, more than examination of Tokyo university I took 4 years later. What I observed about policemen, they are normal humans at work. I observed that when I knew I can not make it, I started to speak free of what I was thinking about politics to police man. They captured me at that timing, all the sudden. I was put to car with my father and I was much stressed I kept on talking without stop. When I arrived in hospital, there was a doctor waiting and I had a joke about some politician and he injected me right away. I was too...

誰のない愛 Love not asking who (次回9月絵画展コンセプトとして)

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  Love is incessant, instinct. Before intuition. Love is not aspiration of equality among people but love needs no back ground. If you are loved then that's it. That sudden appear of love not asking who you are, is true. Love is not zero it exists, nor questioning who you are but requires your response without anything but love.     愛に間断はない、本能だ。直観に先立つ。 愛は全ての人の平等を切望はしないが、前提を必要とはしない。 愛されていればそれで万事は片が付く。 その突然の愛の現出は、あなたが誰であるかを問わず、真実である。 愛はゼロではない、それは実存する。それはあなたの「誰何」(すいか)を問わないが、あなたの無礙の愛を要求する。

Tokyo underground creatives! Our CD publishing party!

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  Tokyo underground creatives! Musicians, writer, painter, and splendid violinist Taro Masuda, second from right. He has been on show of "Tetsuko no heya" (Room of Tetsuko), famous T.V. program in Japan. When I got home yesterday I listened to his violin on Youtube and that set me to cry for his powerful and both gentle character, for all his effort to cheer everyone up and be positive. It is joy I could shake hands with him and talked with him. Impressive. We had this party yesterday at Kichijyoji Iseya, for the CD of Takeru Sugiyama and Tuttis. 素晴らしい飲み会だったので、いくつか写真を掲載します。 (Photos I received from Tom Sayanagi included.) What a day, what a party it was yesterday! All men continued to do what we want and that silent ambition to stay and be creative, 7 men, it was significant brain storming party!

誰のない愛

見捨て置けない光景に、一気に旅疲れがビール半分で出た。「いっしょに九段下乗り換えで東西線で帰ろうか?」と言われたが、永田町でとおこに降りてもらって、ありがとう、たぶん一人の方が冷静になる」と言って握手して分かれた。   表参道駅、高校生の女の子、止まらない涙。 こんな光景今まで映画でも見たことない。 やはりとおこと俺が2人でいると事件が起きるんだ。 この前は、ネイルが30センチの子がいきなり話しかけてきた。 磁場が崩れる。魔物が召喚されるのかもしれない。   ドトールで、青山で髪を切ってきたとおこの目は、「目移りせず、わたしだけを見ていろ」と静かに強い黒目だった。それがぼくにはうれしかった。   Resurgent ray of eyes let burn out the old memory with regrets and ballads dust in none.   今朝、冬子の曲ができた。それは歌ではない。録音した、31秒で4小節ある。リフレインだ。それが今までのバラードを駆逐して行く。 流れ出る音を4回斜めに捨てる曲。 もう「今」になってしまう郷愁の涙も猶予を与えられない。 昔、結婚している友人たち3人が、「永遠は永遠なんだけど」と言っていた。それとも違う。太陽の黒点がなぞり、焼き切った後の海馬であったところが消えるんだろう。喪失のバラードは流れない。「やっとみつけたよ」が流れない。言ってみれば旗印がもう立っている、麾下、迷いがない。カルロス・ジョビンの遊びもない。4小節、繰り返して、轍の水を払う。行き先は問われない。誰?の問いがもうない。「誰のない愛」ができた。     

New CD of Takeru Sugiyama and Tuttis is out now!

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New CD of Takeru Sugiyama and Tuttis is out now! I have written the liner notes. This is my second time publication as music writer. My teaching work is also starting good and at the age of 46, I started my favorite works by now! This fabulous album of music will take you to dreams of Takeru who is a dreamer and dream of our time. 販売情報 https://aonoya.art.coocan.jp/lucky/index.html

エクシブ軽井沢 そしてプリマヴェーラ

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    記念になるレストランだった。 軽井沢プリマヴェーラ。 プリマヴェーラはワインの王道を歩むべきだと、僕がボルドーと向き合うきっかけになった。 美食の入り口。 8000 円のワインでは料理に釣り合わない気がして、肉料理にはボルドーをグラスで1杯 2500 円で追加した。母たちはブルゴーニュ。 義妹が運転してくれたので安心して飲めたし、義妹が飲んだノンアルコールの3杯も素晴らしかったようだ。 なんとなく役者が揃ったような夜だった。    今回の旅の話題の一つは、ベアルネーズソースを食べたこと。 二種類のソースの組み合わせなど、かなり高度な料理だった。   ベアルネーズソース( Sauce béarnaise )は、フランス料理の古典的な温かいソースで、特に牛肉のステーキに添えられることで知られています。「温かいマヨネーズ」とも称され、卵黄と澄ましバターを乳化させ、エストラゴン(タラゴン)やエシャロットの爽やかな風味を加えた濃厚でリッチな味わいが特徴です。特徴と用途特徴 : 卵黄のコク、澄ましバターの濃厚さ、白ワインビネガーとエシャロットの酸味、そしてエストラゴンの上品な香りが調和したソース。主な用途 : 牛ヒレステーキなどの肉料理、魚料理、野菜のグリルなど。オランデーズソースとの違い : オランデーズソースがレモン汁で酸味をつけるのに対し、ベアルネーズソースは白ワインビネガーとエシャロット、エストラゴンを煮詰めたもの(レディクション)を使用する点。   ぼくは、 16500 円のディナーコースなら、ワイン入れても 5 人で 10 万円程度だと見ていたが、もう行ったことのある母は 15 万円は覚悟していたと。サーヴィス料という新概念をぼくはなめていた。   今回はエクシブ軽井沢のエントランスのところがナビでわかりづらく、ぼくが景色を見て、ふわっーと、「ああ、この空は素晴らしい」と言った瞬間弟が左手にエクシブの門を見つけ急カーヴを描いて車を門に入れた。そこからも、一番いい風景の場所に建てられていることが感じられた。そして弟はボーっとせずに、門を探してるんだ、ということが分かった。自分より判断がいいとも。     南軽...

軽井沢小旅行の写真

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南軽井沢 森のカフェ  プリマヴェーラ エクシブ軽井沢 翌朝 温泉に入りカボットカフェへ

Little thoughts

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When I went to teach junior high school student there was a boy saying that he want to be a politician. I asked him " What do you want to change?" but he replyed, "I want to be rich." He knew more about politics than political philosophy student that I was. One can change oneself but not others, one can be rich but no other social claiming permitted, that is what doctors told me. One should not change other persons thought. But where is politics if there is no conversation and change of thoughts and mind. No congress based decisions, only Trump and shit of Golden fish Takaichi chosen in Japan, could that be true. No haste, no nothing to be haste to rid off all. No kamikaze needed, no Yamagami again. But Japan selling weapons by now, encore no political change required, needed, no nothing. Silence kept, no chilling, My student don't attend in class room, Yes I started to make her laugh. She should have joy in her life, no doubt. I started new things to happen, wi...

絵本描き

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  今日はメンタルがギリギリだと、部屋にカギをかけて、明かりを落とし、パソコンを閉じて、1枚絵を描いたら、絵本を描き始めた。最初は自分のために描いていたが、途中から物語になって生徒のことを考えながら励ましの絵本にした。   たぶん、ぼくの人生はそんなに悪くない。でも、絵が描ける程度にはつらいこともある。それが誰かの役に立てたらそれがいい。  ぼくはずっと余裕かまして、「関係ないね、あいつの言うこと、そんなのきっと動じないね、いつだってそうさ、割り切ってるような方法」と、デキシードザエモンズの歌のようにやってきた。  だけど、無理なときもあるんだ。そしてそれはぼくだけがつらい、というよりも誰かが苦しんでいることがつらい時、何かの共鳴が始まるんだ。

ガリカイ・ティリコティの音楽

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  ①    まずガリカイさんと先祖の歴史について。 ガリカイ・ティリコティさんについて、僭越ながら、少しインタビューしたことについて書いてみたい。ガリカイさんの歴史観について、である。歴史意識、ルーツということ、これについて話をしてみたい。無論、そこに音楽も関係がある。    釈迦の「過去に足をとられるな」という言葉について意見を求めたところ、ガリカイさんは、先祖の歴史を知ることは不可欠だとおっしゃった。自分が年長者たちから伝え聞いたことを、年長の子供たちに伝え聞かせなければと。それは、ジンバブエにガリカイさんの家系が来る前、現在のモザンビーグ辺りの狩猟民(ハンター?)が今のジンバブエの土地に移り住んで、その優秀な働きによって土地を与えられた、といった伝承。あるいは、白人が来る前、そして白人が来た後の奴隷交易について、それらを白人側の歴史記録からではなく、ジンバブエに住んでいた黒人の側からの伝承と記憶だ。    ガリカイさんによれば、精霊によって、それらの伝承はガリカイさんに伝えられ、また他方で年長者からの物語、歴史としても伝えられたということだ。  私の質問は、一つの危惧として、その口承伝達を文字かすればどうなるか、ということだった。例えば、アイヌのユーカラのような「口承文芸」伝道者が文字を覚えることによって、その記憶を失ってしまったという例を聞いたことがあるからだ。  ガリカイさんにその話をすると、  「自分の歴史は決して間違えない」ということを再三おっしゃった。それはルーツと精霊に深く根ざしているから、忘却されたり、間違えたりはしないのだと。    私なりに整理をすると、年長者から物語ないし、歴史として語り聞かせられる部分と、それを精霊との交流のなかで、体感、肉感する部分と両方あるのだろう。     ②    次に精霊についての語りと医学的な「幻聴」との差異について。   ガリカイさんと会ってからは、これまでと「病気」を、全く違う風に考える。病名の指し示すもの、として考えないが、深みへと「用語」が向かうのを引き留めて、「現象そのもの」に戻ってくる。病気が治るとは、病気と思われたものがそのまま別の何か...