投稿

2月, 2026の投稿を表示しています

コウガヨウの思い出

イメージ
   高校生の時に読んだ「墨攻」というマンガに、高賀用という若い武将が出てきて、天下を獲ると鬨を挙げて突入し、一矢にすぐ死ぬ、いわゆるザコ武将だった。  ぼくは時々、自分がこの「コウガヨウ」ではないかと考えることが16歳以降何度もあった。  そういうぼくも今年無事46歳を迎え、中年になり真っ盛りかもしれない。  ありがたいことに一度立ち消えたような情熱も死んではいなかった。  時々、情熱に火が点き、心は燃える。若い頃のようにノンストップではないが、19歳、20歳、21歳と何度でも立ち上がった頃の気持ちを忘れていない。  ぼくには天下獲りは無用なことに思えた。  あるいは手に入らなかったものを諦める準備だけはしていたのかもしれない。  南無阿弥陀、南無阿弥陀仏。  とても凡庸な願いを願う、そういう下降を妙趣とぼくも生きるのだろうか。  

佐渡山豊論 「ぼくもみんなと生き続けたい」

イメージ
        謝辞、 acknowledgement   今、さらに佐渡山豊について、さらなる一文を付け加えるとするなら、 …… 、ぼくの反復する思いは何度でも甦ってくるようです。それだけ、反復に耐える音楽であるし、詩、詞だと思います。英語訳をいくつかさせていただいたのは、佐渡山さんの詞をもっと味わってみたく、英語にすることによって新たな解釈が可能になって、ほんの少しまた見えてくるからです。  そうやって、約4年間、佐渡山さんの近辺で、文章を書かせていただくことによって、少しでも文章が上達して、心が磨かれたなら、やはり書かせていただいてよかったなと思うのです。  この本をまず佐渡山豊さんご本人に捧げますが、多くの方の助けを得て書き上げることができました。マネージャーの木下頼子さんには、初めての時のライヴにお誘いいただき、その後、ご縁をいただきつないでくることができました。そして、文章家として、凛として熱く誠実なルリヲ・フルチ氏の存在がなかったら、ぼくは文章という自分の好きなフィールドで、勝てないなと思いながら、チャレンジし続けることはできなかったでしょう。アルバム「つむじ風」のライナーノートを始め、記憶に残り、反復に耐える名文だと思います。それと、佐渡山豊さんのファンの先輩である、佐渡山潤さん。いろいろ親しく沖縄のことも含め、教えていただきました。ギタリストの杉山タケルさんにも親しくギターを含めた佐渡山さんの楽曲について、示唆を受け、楽しい、にこやかな時間と音に感謝したいです。  佐渡山豊さん、ご本人には、ぼくは「すみません、やっぱりぼく書けません」と泣きを入れたり、その時も、「あずまくんなら書けると思うな」と励まして下さいました。ぼくという、言い出してやりたいことも大事にし過ぎて引っ込めるような、自分の性格を越えて、成長できるとしたら、この本が一つのその軌跡だろうと思います。  その他、この本の最初のゲラにも熱心に目を傾けて下さった、東京大学の外村大(まさる)先生、先生への多大なご恩はここでは言を省きますが、一言で言えば、自分が20代の後半から35歳現在まで、まがりなりにも生きて来られたのは先生のおかげです。  また、ライターとして初めてお仕事を下さり、ご指導下さった労働教育センター(...