交換のレギュレーション、クロード・ポラン 翻訳

 解題

 2007年頃、27歳で私が翻訳したものでしょうが、現在2026年通読し、意味は通っています。当時はあまりよく分かっていませんでしたが、翻訳は逐語訳で、意訳ではなく、意味は通っています。


DE LA RÉGULATION DES ÉCHANGE,Claude Polin

 

(AUX SOURCES DE L’ERREUR LIBÉRALE  POUR SORTIR DE L’ÉTATISME ET DU LIBÉRALISME ,sous la direction de BENJAMIN GUILLEMAIND et ARNAUD GUYOT-JEANNIN,L’AGE D’HOMME,1999)

 

交換のレギュレーション、クロード・ポラン

(『リベラルの誤りの根源へ-国家主義とリベラリズムから去るために』より)

 

Claude Polin

哲学教授資格者、文学博士 

IHEDN(Institut des Hautes Etudes de Défense Nationale

国防高等研究院、元聴聞官

パリ・ソルボンヌ大学(パリ第四大学) 政治科学・社会科学教授


1.交換のジレンマ

 

人間は政治的動物なのかもしれない、しかし、なぜであろうか?最も古典的な哲学によって、相互に異なった考えの間における人間の社会性での基本的な要求、つまり、他者としての人々が見えてくるように思う。自然が与えるものしか自然からは欲さないとされる動物とは違い人間は、どうやら多くのものを欲し、彼らと同じ人々によって助けられることなくしては、誰もその欲求をかなえられない時もある。相互扶助は社会そのものと同時に生まれ、それは社会のエッセンスである。人間が社会化できるのは人間が弱く、もろい創造物であるからであろう。その見方からすれば、社会にとって物とサービスとの交換は、生命にとっての水のようなものであろう、交換のない社会はないのである。

 

近代社会、産業社会といった社会は人間の社会性を完全に実現させる場であろう。なぜなら我々の社会は交換でしかないからだ。社会的労働の組織、分業化に、関わっていない人など本当にいるだろうか?それらの社会は生産的社会であり、よく通った表現では産業社会である。しかしながらなぜ各個人が専門化し、さらにまた同時に生産的でなければならないのだろうか?スミスからデュルケムまで思想面では平凡化しているが、それは真実であることの妨げにはならない。言い方を変えれば、それらの社会は仕事の分業化した社会である、つまり交換による社会である。個人が専門化を進めるに応じて、個人は自分で自分の要求するもの全てを賄うことは難しくなり、さらに自分に欠けているものを他の人たちに求めるようになり、超過して生産したものを交換として彼らに与える。つまり我々の社会は与え合う法則によって統合されているのである。現代社会人というのは、それが度々否定されるにせよ、皆、商人なのである。各々が自分の買いたいもののために何かを提供している。それだからといって(社会が)市場による社会である必要があるかというと、そういうことではないのだが、単純にこのような形で組織化されているので交換は避けられないのである。いうまでもなく我々は連続した交換の中を生きている、仕事の分業化にさらされた度合いは途方もないと言っていいほどであり、各個人の日常的な存在は自分と全く同じような状況にある無数の人々に依存している。人々は各パートに分かれて社会化されるようになったのであり、我々の社会は、つまり、進歩と人間性の発展を極限化する場として信じられることによって基盤ができているのであろうか。

 

ここにもっとも注目すべきことがある、仕事の分業化を説いた同じ著述家たちが、つまり交換に関する著述家たち、近代社会の要である人たちでさえ、彼らの主体性によって、急迫した諸点への考慮や最も明白な疑問点の数々を活発に問題化することができない。一人は、専門化は人を愚かにすると述べ(トクヴィル)、またもう一人は専門化は搾取への疎外を引き起こすと述べる(特に肉体労働と知的労働の分業では)(マルクス)。そして三人目は、破壊の要因となるような思想と感情の分烈を引き起こすといい(コント)、またもう一人は、専門化は変則的な形を伴うと述べている(デュルケム)等。しかしながら一個人の人間としては、交換をほめそやした同じ人間が、そこに社会的連帯における非統合化の作因をも見ていた(「分割は分散である」とエスピナスはいっている)。最もはっきりした形で政治の舞台を渡る確信があるのは、一方はリベラルなエコノミストの一群であり、交換は不毛であるという原則に立っている(重農主義者)。他方は社会主義者であり、権力の座についた場合は(レーニンのように)、簡潔にはっきりと、交換を廃止することを提案する。

 

この点を明確に強調しておかなければならない。交換に関する見聞を深めるにつれ、多様な原理を一つの大きな意見一致(コンセンサス)が再統合しているのに気づかされるにつれ、そして反対において明確な点は、産業社会がいかなる美点を持つにせよ、それは生来の悪徳である産業主義それ自体に苦しむのである。近代の著述家たちから他の時代へと目を移しても、古典哲学が仕事の分業化を良識の点から大いに否定したのみならず(社会の差異化は彼らには都合がよく、統治者の原則に近づくには基礎的で自然な段階に留まっていると見られた)、しかしながら、もし彼らが近代の発展を知っていたなら、今日の著述に見られるような批判を彼らの視座から表明していたであろう。仕事の分業化は、つまり社会関係の様式としての交換のシステム化は、摂理による事実としても通用するがそれで十分ではなく、摂理であるという同じ人たちがまた、それを実践するのは特殊な社会であるという。このような意識は広まっていくというふうに見えるが、交換に基盤を持つ社会は病的な社会だと見られるのは避けられなかった時があるのである。

 

しかしなぜ交換に対してこれだけの疑いと批判があるのであろうか?その理由は基礎的で永続的である(これらは民族学者が描き出す古風な交換の慣習にも見出すことができる)、またそこにはほとんど自明の理があることが明白であるように見える。我々は交換するとき、それを贈るのではない。交換において各人は自分の利益しか考えない、交換において私はいつもより多くを得るためにより少なく与えたいと思う、交換はいつも有利でなければならない、よき商人とはよい値段で手に入れそれを高く売る人である。皆が(利益を)得るのならそれに文句はないことは議論の余地のないことであろう。交換において、他者は最終的な目的とはならず、つねに一手段となる。いい方を変えれば、商業はいつも闘いである、それが個人間でも階級間であっても。16世紀以来の全ての現代著述家は、それを知らなくても無意識的には知っていた、と私は信じる。なぜなら交換が仕事の分業化によって生まれ、衝突なくしては展開できなかったことを見たならば、交換の救済手段を交換の中で以外に探す勇気を持たなかったであろう。その他に少しでも他のことを考えられたであろうか、契約によって、つまり交換が原型となる社会的関係が、人間の間の争いを止めるという以外に?

この幻想を理解する、反省を結果としてどのように方向付けるか、まさに我々の主題がここにあるのである。早く表明された主題、けれども意気阻喪させるような広がりとして、交換は中心的な概念であることは疑いがない、意識するにせよ、無意識におけるにせよ、全ての道徳、政治哲学において。

 

2.近代のアポリア

 

 我々の現代では仕事の分業によって生まれた交換のシステムの悪い影響が明白に認識されているが、私はそれを3つのグループに分類できると思う。

a) まず最初のものとして、困難はしっかりとその解決法を持っていると推測している者がいる。アダム・スミスがそう信じていたし、彼の背後に全てのリベラル派がいた。なるほど交換は心理的、人間的な負担ではあるが、しかし負担を介してでも恩恵がある、全ては可能な限り広範な経済世界の中でも、最も優れた世界がもっと優れていくためである。なぜなら交換のシステム化は、全ての取引において関係性を作り、それは全てのパートナーたちにとって最も有利になるようにである。そのためにはいわば、(神の)見えざる手といったものが、物事の状態つまり市場の状態において全ての人が満足するような認可がいる。

概念的な興味ではあるが、このような視点においては、ある種のマルキシズムはリベラリズムからそれほど遠くない。マルクス経済学者と資本批判者が言明していることは交換の関係性の不平等である。しかしものの価値をそれに対しての労働(の価値)にまで下げ、交換の公正さ、厳格で公正な基準を設けるモラルさえあれば、仕事は仕事の種類によって供給されるだろう。交換が、働きの量と働きの量によってなされるのなら、奇跡が実現する、社会は交換の上に築かれるのである。

 

さらにまたデュルケムにとって、仕事の分業は、近代社会の形態学的構造(人口数と人口密度)によって生まれた難点の奇跡的な解決方法なのである。分業は個人を定義することなく差異化し、生命を巡る闘争及び非人間的により強い者を選別することに対して、諸個人の力を節約させる。しかし無秩序への脅かしと仕事の分業は、いつも各生産セクター間の利益の争い(極限的には階級闘争)、対立を引き起こす可能性を持つ。しかしそのような争いは例外的状況でしか扱うことができない。組織上の連帯は、交換の状況から何度も繰り返し生じる敵意に打ち勝つのである。社会の近代的な型、仕事の分業は、自ずから個人が絶対的であるという自己意識を禁じ、そして型はそれ自体が道具としてその決められた機能を持ち、その中で自分自身のために全てを犠牲にすることは、自らを含めた組織内全てでの死のリスクを負っている。

 

 実証主義はこれに対する楽観主義に独自のニュアンスを持ちこんだ。人間はそれがあるがままのものである、コントはこういった、ものがそれ自体として自己組織化すると考えることは無駄である。つまり私がいいたいのは、交換の恩恵の部分によって、交換の避けられない悪しき部分の治療手段になるということである。またしかし、少々の修正と引き換えに、不協和音を和合させることは不可能ではないだろう。奨励することによって、多少強制的な統制経済、精神的な権威と頑なで適切な教育によって、大きな作業所の成員たちが、避けがたい協力、彼らの胸の内で献身が萌え出るのを。それを愛とは呼ばず、ただ全体の意識としては、自分のために働くというよりは他の人々のためであると考えるのである。

人間性(ユマニテ)の歴史のなかで初めて、普遍的博愛の夢、キリスト教がその時代錯誤的な形(具体的基盤を欠いた)ものでありながら預言的であるものが完全に実現化したのである。一言でいえば、個人的な交換が、一般的な相互性によって征服的な形を個人の中から取り除き、社会の各成員が互いのために働き、交換という行為を愛の完全な象徴へと自然に変質させるという一般的なイメージを印象づける。

 

b) 二つめのグループにおいては(aと)全く逆なのだが、全ての歴史的社会は階級闘争でありまた仕事の分業による社会であり、交換においてはライバル性、相互の対立と敵対しか期待できないとする。そして結論として歴史の終焉は、階級のない社会が訪れた時、つまり社会の現実において全ての実体を持った交換が廃止される時にやってくる。つまり、まだ十分に検証したわけではないが、社会主義は古典政治経済学の批判から生まれたのであり、マルクスがいったように、それは経済の原理からなるものでありその調整によるものではなく、またその純粋で単純な除去、社会的仕事の分業の消滅による際限のない生産の増大において生まれたものである。この思想が異質でも抽象的でもなくなるのは、我々がそれを人間(にんげん)相互間の関係が交換によるのではないような社会組織の夢であることを理解したときである。なぜならごく単純で初歩的なことでもあるが、豊かさ説得的であろうから(社会主義者自身による概念、希少性についての実存-マルクス主義者によるいくつかの言説にもかかわらず、それを思い起こしたがらない。そうでなかったならば社会主義はいかなる希望の保持者でもあることができないから)。仕事の分業を廃止すること、ドイツ・イデオロギーにおいてマルクスが望んだことは、交換を廃止することである。なぜならそれは希少性を廃止することであり、それを山積みのものと置き換えることであるから。さらにいえば、交換はもはや必要なくなる、なぜなら各人はその必要な分だけ取り出せばいいのであり、また欲求するものだけ汲めばいいのである。

 

ここで我々は社会主義の興味深い一解釈を見ておこう、その多様性の中の一つとはなかなか認知されなかったような。私は、しばしば紹介されることであるが、基礎的な要素がいつもそこから流れ出、同じものいくつかを前提としている、ある理論について述べたい。そして交換の(みなもと)には必要と必要の多様性があるのであるから、人間と人間の間にある戦争あるいは隷属は、結論として節約の重要性へと帰結する。その根源はある種のルソー主義、社会主義の余白に生まれた一潮流であるが、交換の廃止への欲求は禁欲、単純さ、質朴への称賛の形を取る。経済的発展の伝道者たちの傍らに、リベラリズムに対する同じ闘いを見つける四つ足の生の賛美者、どんぐりと新鮮な水を探し、最低限の必要しか持たないというロマン主義的な我慢によって、交換の必要性を持たないような生きもの

いわばユートピア的とでも呼べるこのような社会主義と極端(ラディカル)に反対にあるものとして、実利的(プラグマティック)な社会主義というものがある。輝かしい豊饒という未来は水平線のように見える、しかし無期延期であるかのように近づくことができない。それは物事を限定し、交換の関係を強制的に禁止する。そして我々が知っているような流れで、中央集権化された生産物の分かち合い、同じく中央集権化された方法で為そうとする。

傲岸に思われる向きを省けば、いくつかの原理の断層を明らかにするためには、それらの概念が持っている難しさがあるにせよ、いくつかの言葉で十分に説明できるだろう。

 

(神の)見えざる手については各々がその解釈をそこから見つけるのがもっともだと思われるし、それが確かだとも言えるだろう。しかしながら全く神の手からはなしえず、冷たい競争により、また全ての覆いを自らのために取り去る決意によって、その恩恵さえもがシステム自体から来たものであるのだ。それではこの種の力を失ったと信じている人々にはどう答えればいいのか。また、他者は栄えている、彼らが交換の中で一人勝ちの豊かさをえるような方法によって、と考えるような人たちにはどう答えればいいのか?しかし我々はこの問題に対してマルクスの当時と比べほとんど進歩していない。人々は平等な交換にぴったりな計測器を見つけたと見せかけている、その基準は現実に存在しているのか、とても疑わしいのだが、その存在は交換者の心情をいささかも変えはしない、各人はその個人的利潤に基づいてしか交換しないというように。我々は欲望を取り除くことなく、我々が与えた分しか受け取らないというように強制されることもできるし、方法を見つければ、より多くのものを得ることもできる。

社会主義は良識とも見える与えられた証拠全てを自然に去ったものである。しかし社会主義は

自らが批評される側にまわると、ユートピア的な豊かさの夢というものでしかない(マルクス自身は、要求は前回の要求の満足によってもたらされるといっていなかったか?)、そしてもはや社会の救済のための強制というものしか残っていない。それは何も解決しないばかりではなく(それは圧政の擁護にはなりはしないか?)、ただ新たに仕事に従事する階級の新たな搾取を生み出すばかりでなく、むしろ単純に経済的成長のために必要なエネルギーを動員せざるをえないという矛盾に陥る、全ての社会主義者が歴史の意味についてたえず考えを巡らせるような。社会主義者たちが熱い視線を、輝かしい未来への期待によって向けられているなら、つましさ(質朴さ)、についての魅力的な理論、その質朴さが望まれ、欲されているのかという問題が残る。最初の(豊かさを巡る)線での衝突がなくなったときに、奥底の(質朴さを巡る)線で糾弾されるわけではない。より不確かなことではあるが(この点についてはまた別の著述の中で再度問いたいが)、他者の貧窮を目にして自らの実体を忘れること、また欠乏の中での平等への満足は、実際に最初に約束された魅力(豊かさ)よりも勝るのである。しかしこれではどんな地獄についても語りえていない!

 

 より実利性(プラグマティック)が低いのはそこではないかもしれない(実利性は高い)。見かけにも関わらず、コントの祈りである人間主義の愛とその支配が精神的権力、つまり権力、の定着を想定していることをもちろん自覚した上でのことではあるが、そのような愛は必要なことである。そして計画の幻覚的な特徴の証明を組み上げたとしても、産業社会内での全ての自発性の欠如によっても、他者への献身、そして愛、これはコント自身が女性の中にしか見出さなかったことではあるが(彼女らが周囲の人々のメンタリティーに心が開いている場合)、あるいはまたプロレタリアの中で(彼らにおいても即座で直接的な利益を志向した場合ではなく、自分の心に問い質した上での場合にであるが)。健康の妙薬はもしかしたら善なのかもしれないが、我々はそれを悪と識別する、それが我々の社会の根源であれるために。

 

 より深く見ていけば、これらの諸原理は基本的な一貫性のなさに苦しんでいることが見える、それらは交換の利益を守りたいのであり、エコノミストのメンタリティーを想定し、交換における精神的、道徳的な作用を全て無視しようとする、つまり精神性自体を無視するのだ。

 

c) 最後のグループは、数としては少ないが思想的には最も豊かで、深みと独自性がありまた、その信仰告白によって特徴的である。それは人文研究(ユマニテ)の中でも最も記憶に残らない部分の伝統に属し、原始的であることから遠く、交換関係における個人主義者、功利主義者にその代理を探さなければならない。我々は、マルセル・モースに習って、人間の間の全ての真なる社会においては、交換関係における悪い影響を調整し打ち砕くような制度が想定でき、それは交換のプロセスに対する公的で儀式的な批難によって社会性をより強固にするのであるモースはデュルケムを通して、深い視点でのコント主義を受け継いだ。彼の著作を読んでみると、我々は現代社会には高くつく個人的功利主義に基づいたいかなる社会も長く持続することができない[1]、という考えに圧倒される。モースの、贈与に関するエッセイは過去への回帰を呼び起こしてはいないか?しかしもしその思想がうまく方向づけられているのであれば、彼は彼が開いた長い道のりを追っていくことを躊躇しないであろうと信じる。

 

 贈与に関するこのエッセイは奇異なものである、なぜなら実際の結論は、ぼやけたものではあるが、我々が計画的な経済から期待するものとは大きく隔たっている。私の言わんとすることを調整するために、以下のような言葉でまとめる。我々の社会は病気だ、それらは交換主義によって苦しんでいる、致死量の病気に。古い社会においては、その圧迫的な多数派によって、ローマ法あるいはゲルマンの社会に到るまで、我々に治療法を明かしている。贈与の儀式的、儀式化された実践、習慣的な交換の傍らでの(儀式は)、社会にとって結局、辛辣な解毒薬の一種となる(「非貴重」とモースが言ったように)。強いていわれるのであるなら、全ての社会は隣人愛の制度を想定しているのではないか?そして聖人の間にあるような社会しか存在しないといえるのではないか?そうではないとモースは反論する、それは全く現実的ではない、ポトラッチとは何かよく理解する必要がある、交換で受け取りのない贈与の儀式を。そのなかで本質的なことは、返還を義務化するということが含まれている。(「返還の義務はポトラッチの全てだ」)。しかしすぐにではないが、後に、ある期日には、次のときには、このような方法で贈与の様態を救われる可能性がある。そしてそこにこそポトラッチ、クラの魔法がある。真実において、現実において、このような贈与は異なった、あるいは、隠された交換である。この贈与は自由なものでも無関心なものでもなく、交換を強いるものである。しかし天才的な発想によって、とモースはまとめていうのだが、しかしそれは何ものもなかったかのようになされ、表面的には人々は交換をしたのではなく、与えたということになる。表面を取り繕うのは重要である、交換に歯を指し抜くということさえあり得るのだから。それゆえ、この種の交換は人々がそれを望むほど興味深くなる、そしてモースはそれを描き出すとき、ある種の皮肉で自己満足しはしない、それは表面上の気前の良さを競うのである。贈り物は配慮と強さを生み出すから(贈与は融資であるから、債務者に結びついている、彼に義務を与え、そこからハウ、マナといった有名な思想が導き出される。与えられたものの中には与えた者のマークが残っている)、そして返済の義務とはいつも得たものより多くを返済するものであるから、全ての贈与は強さのためになり、経済的にもそうであり、豊かになることの理由(模様)を形づける。人々は理解していたであろう、もたらされ返される贈与は、交換の古い形であるが、それほど古いわけでもない、近代社会はそれを必要としているであろうし、対立の代わりに結びつけるのが交換であり、敵対ではなく連帯に帰されるのである。そして結論はこうである、戦争と交換の間では、全てその他は除外して(「戦うか、よく取りなす」)道を選ばなければならない。百の中から一言を選んでいえば、古い人間は同盟、贈与、商業を戦争、孤立、よどみに置き換えることを為しえたのである、(「商業をするためには槍を突きつけることを知らなければならない」)。別の言い方をすれば、よい商業と悪しき商業がある、悪い交換とよい交換が、功利的な交換と道徳化された交換が。

 

なんということであろうか!これだけの天才(的な熟慮)と贈与の洞察が、交換は連帯に帰結し、より明確にいえば、それは共同体の意味を引き起こすと表明するに到るはずべきものが!交換の機能が「他者への賦役」の隠し立てに帰着することしかできないとは!しかしモース自身は「集団で突然、祭りや戦争で、行き交う人々」の自在さを語り出しているのではないか?以上のことからどのように描き出すことができるであろうか、人々が、階級が、家族がそして個人が、共に「公共の財を囲んで座り」共に富むためには、円卓につくことで十分であると?それは共同体と金の布のキャンプ、友愛と、友愛の襲撃、豪奢の襲撃(あるいは目標が明確に、他者への優越を保証するものでしかないもの)、とを混同したものである。力を背景として交換をすることは、対象を移動させることでしかないかもしれず、その本質を交換することではない。最後に、モースのかくも浸透した試論は一つのことしか示唆していない、交換は現実には社会的関係の自然には反している(ウイルス性の形)、なぜなら全ての交換は滅亡に瀕しており、協約を定立するよりは競争によるものであり、留めて見るには形勢が悪いようだが、交換が「より高貴な」服装を着るためにはどうすればいいのか、個人的品性としても、さらに集団的徳性(ナショナリズム)としても、特権や力が恥ずべき観念である我々の社会においては。[2]

 

 

3.過去の未来

 

 互いに異なる教説の中で、モースの思想はその一つであり、それはほとんど任意でないものを含んでいる。それは交換をするあらゆる社会において不可能であるようであり、またそれは最終的に最も古典的な教説、アリストテレスから聖トマスまでの説と関連を持つ。それゆえに、それは以下のような詭弁の問いがなされる様式でさえある。交換がいくつかの面で社会体にとって辛辣な点があっても、それを消滅させようとすることのもう一方では、社会的関係の基礎的な形を、その毒性にもかかわらず交換によって構成している。交換それ自体を疑ったり留保するのではなく、その実践の方に存する精神によって構成は行われているといえるのではないだろうか、であるから交換は変わることができるし、いくつかの場面では攻撃的でもなく、その他、悪徳的でもないと理解できるのではないだろうか?

ここで問題のテーマを繰り返しておこう。

a)   交換はあらゆる社会組織にとって必要であるかもしれない、またそれは自然な機能であるかもしれない。

b)   しかし交換はその本質として不可知論であり、つまりそれは交換であり贈与ではないという単純な事実であることができないということではない(単純な事実でもありうる)。そして交換において人は各人の利益を探すのであり、しかしそこでは交換による関係だけによる個人間の社会を持つわけではない。

c)    解決法はつまり人が帰ってこられる場所を与えることである、社会関係の排他的な様式へと向かうあらゆる圧力を避け、つまり交換の精神といったものの中に人の中にある自然といったものを保存し続けることを決めることによってえられる。

 三つの仮説が精神について立てられる。

a)   交換の発展(つまりその架空性)は経済活動の発展でもある、つまり諸国民の富の増加を許認し共に享受するということであるから、極めて自然に富がそれ自体と国民と共に発展する豊かさへの好みという原因を呼び起こし、そのうちに、引きもきらないような、より意識的な富への渇望を生み出した。どうやら質朴さにこそ交換の治療薬を探すことが自然なようだ。慣習が単純で趣味が簡素な文明、より原始的でまた他方でより伝統的といわれるような諸文明は交換を、それが社会性に害をなさない程度の状態と形に維持しておくだろう。

 その考えはとても理性的で、納得でき、本当に真実でもあるのだ。しかし状況をよりよくしようとする前に、精神にとって完全に満足できるような解決法などないことをそれとなく知っておくべきである。

 まず初めに、既に言及されたような形式的な質朴さについて述べるわけではない。質朴さは、社会性を保証するものとして引き合いに出されるものではなく、それは現実には交換という社会性を考慮に入れないことを許認し、社会的関係それ自体を予告するものである。ジャン・ジャック(ルソー)という、新鮮な水とコナラ(植物)のドングリへと帰っていった人が、同時に孤独の内にある哲学者であったこと、人間はただ一人であることでしか幸せではない、といった状態であったのは偶然ではない。またそこにある質朴さは本当の質朴さではなく本質的にはその逆なのである、なぜなら純粋に反射的であるから。人間は質朴さを自分自身のためにしか愛さない、ただそれが個人の独立性を脅かす社会性をショートさせるという唯一の理由で。

これらの単純さを結びつけなければならない、単純にスノビズムや不幸にも必要性からの質朴さではなく、全く違った次元からの確信、つまり精神的なものであるなら。我々が自発的に、真に質朴であるのは、要するに、人々が物的資産に対して超然としていられるのは、人間の使命が物欲的世界にはないと認識し、経済は最低限必要な生命を保証し、本質的には経済によってではない目標の達成を助けると考えた場合である。

 

であるから思想の強さはその極端(ラディカル)さ自体からくるものでしかないということを理解しておかなければならない。交換の機能は確かに取り消されているが、それは交換の禁止、ということ自体から来ているだけのものである。無関心はそれが完全である分だけ有効になる、換はそれが全く必要がなくなるまで有毒であることをやめない。質朴が現実には世界の純粋で単純な拒絶へとしか進んでいかないことからも、それは幸運な偶然でしかないと人々は悪くとらえるだろう。交換は単純な習慣であるというその本性から根深く続くものであるし、質朴は交換それに代わるような手段を見つけない限り、どのようにしてか共存していくものである、事物の本性からいって極めて儚い均衡状態で。もっと別の社会、物々交換の社会では交換はすぐに消費できるものに限られている(あるいは物の集積が商いを引き起こさない)、いうなれば交換が精神を秘密裡に蝕む癌であると見なすであろうような社会にとって好都合であるかもしれない我々は仕方なく質朴である、あるいは伝統的に、怠惰によって、想像力の欠如によって。また我々は本当に質朴であるのだが、それはもはや手段としての人間を持たない社会においてである。[3]以上のことからも真の質朴とは聖人、天才、英雄たちの社会において、つまり閉じられた社会においてでしかない、アカデミー、学校、そして軍隊。全ての問いはこうまとめられるかもしれない、これらの完璧ではあるかもしれないが行き過ぎているようなモデル社会の他に、交換を含んでいる社会ではあるがその交換がいかなる点でも破壊的ないような社会は存在しえないのではないかということを確認しようと試みている。

b)   質朴が特別な人間にとっての物事となるのは、誘惑に無感動で、全てが何か異なった戒律を守ってなされるようであり、交換をなくすのに適し、また質朴自体が単純な良識から生まれたものである。交換が各個人に自己愛をもたらす以上、交換のリハビリテーションは愛他主義による転換によってなされるのは明白であろう。交換に対してはそれを愛によって代用させねばならない、つまり純粋で単純な贈与に。[4]

人々はコントが既にそれについて述べているというであろう。それはコント自身が自分を理解していたのとは違う形で人々がコントを理解したのでなければ真実ではない。なぜなら彼はこのように考えた、我々が見て来たように、経済的連帯はそれを去ることができる、その隠された真実であるように、連帯それ自体を。しかしコントは現実主義者であり、そこには精神的な権威による助けも必要であると考えた、二つの連帯の間ではそこには連続性ではなく断絶があり、また反対に、一つ目のものは結局、外観でしかないことも見通せる。言うなれば、現実には実証主義がキリスト教の真実ではないと言わなければならないだろうが、実際にはその真逆で、キリスト教が既にそこにあったからこそ、コントはそれを明確に意識しないまま、それを産業的な連帯へと動員させたのである。なぜならコントの哲学自体が彼に、キリストが絶対存在の象徴的な形以外に人間主義(ユマニテ)のそれになり得るという考えを禁じていたから。そして明確に考えたいなら、(その他大勢のもののなかから)実証主義の一例として、世界の中心に愛を据えるには一つの原理しかなく、それはキリスト教なのである。そして愛を説くことは、確実に、交換的な心情への絶対的な矯正を普及させる。

 もう一度物事をよく理解しなければならない。ある一定の方法で、キリスト教が一貫したものであるなら、質朴に対する進んだ抵抗の一撃に再び落ちてこないことはできない(結びついてくる)。質朴は他方でキリスト教の中に全体的に結びついた部分があるし、またその原因でもあるのであるから。全ての社会を愛によって作り上げることは、例えば聖トマス自身が述べたある種の生き方として再表明できるが、私が言いたいのは全く自給自足的ではないが家族によって構成される社会(質朴が一般的基準にはない自給自足を、現代社会が許す圧倒的な富の中で許したとしても)。そして結論として交換の過程がその場を占めないことはできない(占めることになる)、本質的には自然に反し、家族が他の成員によって損なわれるような過程、完全な無関心と共に、あるいは贈与を行って、その本来の世襲財産を成員の疲弊に至るまで交換を行うのである。[5]

c)    もし我々が交換に関する伝統的哲学の精神をよく理解しようと欲するなら、愛を説くということをこちら側に受けとめる必要があり、その愛とは実際は神に対してしか向けることができないものである。交換主義者の精神の反対はいくらか神秘的などのような高揚によるものでもなく、ある一定の賢さ、良識に基づいて発想され、なんらかの精神的な確信によって彩られる必要があるものである。一言でキリスト教精神をよりよく理解するため、それを来るべきものをもたらした一つの感化(インスピレーション)によってのみ知らしめるのではなく、ある一定の方法で、何物も否定することなく統合すること、つまり、ストア派(禁欲)の感化によるものであると私は言いたい。

 

 

 

 

 

もう一度繰り返しておこう

 

 交換は全ての本物の社会にとって矛盾である、なぜならそれは各パートナーにまず自分に関して深く謀ることを奨励するからである。しかし人々は互いに他者たちを必要としているが、仕事の分業はごく自然に不変の相互依存を強化することしかできない。他方では、各人が短絡的な自分のことばかり心配することを要求するというのは決して理性的なことではない。つまり、交換の関係性のなかで全く公平無私な振る舞いをするということである。それではこれは不可能についての問いなのであろうか。

問題のテーマをよく認識すれば、そうではないように思える、実は、それ自体のなかに解決法が示されているように思える。それがいかに矛盾に満ちているようであれ、各個人は全てその個人性の一部を解消するわけではない、定義すると自然交換と呼べるだろうが-実際にはそれは要請に応えることであり、そこにおいてこそ一つのメロディの中でどんな音符を取ったにせよ、それは置き換えが不可能であり、最終的なハーモニーの一部に過ぎないのである(どんなに大事な一部であれ)。非交換主義者の地平においては相互の人々が全く簡略化されえないのであって、その本質は特別であること、またそれと同時に彼ら自身でしかないこと、一つの意味を取らず、他者のためや自身自身のためでもなく、他者たちと対話する関係の中のものでしかない。私のいうところではこれが古典的な思想の中心的な直観-交換の自然な形と自然に反した形に対してそれがどうありうるのか理解するための直観である。

 この思想のより完全な展開は別の場に譲るが、それは交換にブレーキをかけるように提案することを担う、それは我々が普通と感じるような展開をもたらす理由にではなく、極限まで持っていくことに都合がよいだろう。地上のあらゆるものに関心がないのであるなら、交換もまた生まれないであろうことは明白である。反対に、経済発展のおかげによる、つまり交換による、ある程度の満足の先には、謎が少なくなることは私には明白に思える。個人のコストは利益をはるかに超過する、近代文明自体がそれを見出したように、一定の限界値を超えては、消費はそれ自体を正当化することができない、そしてさらに消費が冷えこむのは、交換するための物品制作への絶えざる努力の増大という交換による結果を前にしてである。であるから一言で言えば、交換の傲慢さ(hubris)について注意をする必要があるかもしれない。

 ところで言葉自体が問題解決の開けゴマのようになるのではないだろうか?本当のことを言えば真実は我々の目の前にあったのかもしれない。民族学者が認識し光をあてて強調したように、交換の完了は最終的な形にあったのであり、それは獲得を求めることが攻撃性よりも少なく、所有欲(libido habendi)であるよりは支配欲(libido dominandi)であったのであろうか?快楽主義的な原理へと再び落ち込むことを伴うのはアクシデントでしかない、最も深いその原理は本当には平凡に考えられているような快楽への好みではなく、それは傾向でしかなく、快楽主義の傾向を超え、他者を彼のサービスのためにおき、自分はそうせずに、あるいはそうなることが最も少ないようにする、彼の中で。交換の発展の原理に置いて、我々に見えてくるのは、一定の人、一定の自然人、ある一定の魂のあり方、彼自身のなかに帰結すると自ら思うことができる者である。

 我々は仮説を見る。交換においては、人間は動物のように生きるのを望まない以上、また実際には本当に動物ではないのでもっと悪いのであるが、そこには眠っている力がある、その主人になる用意があるような、その力は個人に由来したものであり、誰かが自分の関心のあるものを持っている時以外は他者と関わる必要がないか、もしくは最終的に他者がその助けになることに到達する理由で。深く見ていけば、それは本当は一つではないこの自明の理を認識することだけではない。もし交換が与えられないならば、もし交換が他者を何らかの度合いで手段化する方法でしか見ることができないなら、その発展から見て、どうして人間の魂の中には他者を使うことによって満足する部分があると言えないだろうか?まとめとして、私は二つのことを示したいと思う。

 まず交換主義者の心の中には、他者は自分の欲求のための手段でしかないという存在がある。他者を最終的な目的としてではなくその手段であると、その目には自分が本当の世界の中心であると映り、全ての物事が関係性を持ち、一言で言うならば絶対的主観性と私が呼ぶであろうものがある。絶対的主観性を持つことは、交換を推し進めることである、交換的心性を作る原理は、交換以外とは違う形の関係を認識できないのであるから、孤独であるか、交換による生き方しかできない。

 次に、しかしながら我々は交換を追放することなく調教する方法を知っている、全ての古典的哲学が知覚していた方法が。その方法とは、理解し、理解させることであるが、人間は一般的普遍にいるのではなく、社会に、その人間的地平、抽象にではなく、その一部に、人間はたった一人で普遍ではないのである(完全、孤立的にではなく)、組織のメンバーであり、他の分子たちのなかで見分けのつかないものではなく、堆積した砂のなかの一粒でもなく、全体のハーモニーがうまくいくための音符の一つなのである。そのハーモニーは各人に役割がありそれに満たされる、各人が有能な職人のようであって自分の作品を気にしている、そして例えそれが大きな全体の中の一部であれ、よくできた作品。交換を巡るハーモニーの秘訣は、見ての通り、絶対的な愛の寛容さなのである。このような形の高度な社会性、質朴でしかないものは、聖人固有の禁欲主義は、一言で言えば謙虚さ、ある種の質素さ、習慣、かつての教育が奨励していたような、人格さえも超えたあらゆるものへの敬意と共に、過去、祖先、地、自然、職務、王、主人、神と神と共にいる人々、一言で言えば、ある一定の点までの犠牲と献身、要するに一つのコミュニティの原則に奉仕し、意気を恒に補給し、それらを交換の相手にさえ行う、ライバルとしてではなくパートナーとして相互のサービスとなる、なぜなら何らかのサービスに参加しているものはそれら全てを越えるから。

 

 それではそこでデュルケムに戻るのであろうか?当然、そうではない。デュルケムのいう組織的連帯は他者たちなくては何もできないと推定しているように見られる、であるからその基盤には避けがたい、個人から個人へ、避けがたく、意味もなく、望ましくもなく、望まれていない相互性がある。しかしそれはそういうことを扱っているのではもはやない、むしろ全般的なハーモニーへと貢献する各部分の地平で体験される感情、個々の特化した達成の間の因果関係と全体としてのアンサンブル(調和)の完全化、一言で言えば、コミュニティの意識という全ての個人が通り抜ける場における各個人間の仲介である。あるいはコミュニティというものは純粋に人間的なものではない、デュルケムでさえもそれが超越性のまがい物の上に成り立っているのを感じていたし、社会とは、コントのイメージでは、ユマニテの場において、その超越性を人々の内在性自体の中に探した。しかしその超越性は人々がそれを名指すにおいて自らを取り消す、そこには真性の参加がない、純粋に人間的な規則においても、それ自体が他なるものの反射であると自らを呼び、実体的には神聖不可侵であったとしても。

 

 人々はそれを夢見ることだというだろう、そして全ての状態から見て、治療薬は処方することは今日できていないであろう。それはもはや社会が自然でなく自然的社会がもはやないからではなく、つまりいつでも可能なのであろうが、今日の人々は自然的社会がもはやないことが自然であると感じていないからである。そしてもはやある種の仕事の分業はない、それが悪いからではなく、今日の人々がそれを悪いと捉えるから、それは物事をよいと人々が言った、近代精神が言ったからではなく、我々がそれがいいと言ったからである。そしてもはやそれは自然の声を聞こうとはしない。よかろう。しかしながら自然の声がもはや聞かれることがないのならば、我々は最後の時を迎えようとしている。

 

 

 

 

 

 

 



[1] 個人の終焉に向けられた残虐な追跡は、共同の終着点、和合に対して有害である。

[2] 30年代にアロンとダンディユーによって発展された原来の思想について反省する紙幅が足りない。人々はそれを最初の危機として記憶しているかもしれない、社会主義とナチズムの台頭の中から見出された第三の道としての、経済の人間化(として)。また民族誌学によっても喚起されたかもしれないが、彼らは交換の伝統的な形に回帰することが可能であると推測した、つまり相互的な信用(クレジット)、信任(コンフィアンス)、そして結果としては物々交換ではなく冒険にである。人々は調整された方針に合わせた、それをどうやってするのかは見えなかったが、交換を信用へと導いていくことができると推測した。この例外的な交換の形は、ある社会の経済的な使命から生じた、つまり全ての信用(クレジット)が無料であり、全ての本来の信任(コンフィアンス)が、先験的に廃止されるような例外ではない(社会、交換の)規範となりうる。そして一般的な順序として、問いが出される、我々は経済的な関係を人間化できるのかどうか。家具にニスを塗るように、はみ出したり、抑えたり、それは経済そのものである。

[3] 我々はこの世のものへの無関心はそのまま自動的に交換主義による社会を拒否することと同義であるのではないことを強調できる、カルヴァン主義がそれを思い起こさせることになる。しかし我々は本質的には曖昧な無関心さについて述べている。人間の(神からの)孤独はこの世における一人での場に放っておいてやり、孤独はその場を何らかの形で批判する、プロテスタンティズムの歴史が示しているように。

[4] 私には消費それ自身の中にキリスト教の贈与の現代版を見るのは難しく思える。その思想には知的な魅力がないわけではない、溌剌としてさえあり、しかしまずロマンチックなものがある。人間主義(ユマニテ)は小ブルジョアの蓄積の明快な否定から立ち現れる、豪勢な寛大さといった自然自体が見せ物と例を与えながら。我々は社会の一つのモデル化を、少し高揚しすぎたような叙情による個人的態度の集合によって為すことができるであろうか?cf.豊富な分析Ch.Champeiterの喚起的なエッセイにある。Homo Consumans

[5] 我々はそれを友情についても言い得る。もし友情が交換の恒常性であるなら、それは友情の関係の中で話し合うことが可能な狭い円の中に限られたものでしかあることができない

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