救いとしての絵

 



 もしも、病気にならなければ、ぼくは病院の作業療法で大人になってから絵を描くチャンスをもらえず、絵は描くようにならなかっただろう。25歳で捕まって、最初は革細工のキーホルダーを作り、やがてビーズ細工でアクセサリーを作る。そしてようやく絵が来た。ほとんど小学校以来のお絵描きタイムだ。

 もしぼくが哲学者になっていたら、きっと多くの人を悲しませたと思うが、絵は救いになる。それがいい。哲学は否定性であり、曲げて、納得させる。絵は肯定であり、描いたものを愛させる働きがある。
 より多くの人を救うのは簡単な絵なんだ。
 もしぼくが本の中だけでなく、哲学が語れるとしても、ぼくはもう絵を止めることはないだろう。
 それが救いだから。

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