佐渡山豊論の続きとして「琉球の足音」

 

 琉球の足音(2022年) 東和史

 

 

 東京を出る3日前から、

 心臓がリズムを失っていた。

 トゥグルク、トゥグルクと、

 鼓動がしていた。

 

 発育不全、どもる思想

 それしかない。

 「戦争」と言えないからこそ、

 「ダダ、ダダ」と叫んでいる。

 

 苦り切らない疾走。

 苦さに溺れない責任。

 民族の紐帯か

 

 ティーダ・ぎやまん(太陽のダイヤモンド)

 撚り合わされた糸が発光して行く

 国吉亮のギター、

 ローリーのラヴソングを、

 大きな太陽は隻眼に捉える。

 Libertad.

 佐渡山豊の自由と覚悟をききに来た。

 

 約600人の琉球新報ホール、海勢頭・佐渡山「ゆたかゆたか」ライヴの熱狂、カチャーシー。

 

 次の歌を譲り合う海勢頭豊さんと佐渡山豊さん。2人のうちなぁの巨匠が、それぞれの歌を、それぞれのバンドで展開し、両者の歌が結び合い、次の歌が切望され、流れ出す。しあわせなライヴで、杖のおばあさんがステージ下を何度か横切って休憩に行く姿を見たが、アットホームで、場の温かみが感じられた。

 

 海勢頭豊さんの大陸まで届く遥かなスケール、

 おおらかさ、アルハンブラ宮殿を描き出すようなギターの調べ。

 それに、よく調和して張りのある、みちささんのヴォーカル、絶唱と言っていい。

 海勢頭愛さんのヴァイオリン。空を涼しく切る音は甘過ぎず、凛としている。

 ハーモニーであり、かつ個が際立っている、3重奏であり歌。

 ニライカナイ願望のない自分が、島や島の御嶽に行ってみたくなる。これが龍神様に仕える海勢頭さんの音かと感じ入る。

 

 じひびき、

 地響きがきこえた。

 隣の席の友人の膝が振れているだけではない。

 会場前列から、

 会場全体をどよもす熱気、しわぶき、嘆息、エトセトラ

 琉球の嘆きと心を寄せる人々がそこにいた。

 

 私は、

 Set it right.

 この狂った世の中を糺す、と、ハムレットの一言を呟いた。(了)

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