差別についての覚書
だんだん、「自分たち」という架空のナショナリズムを強めるほど、「他者排除」の防衛機制が働き、差別が発動するメカニズムが見えてきた。頭が弱い人だけが差別するのではないが、差別をすれば頭は弱いんだ。そして、そのメカニズムはぼくの中にもある。それは分かっている。零コンマ何秒でそれに気づき修正することが、倫理かもしれない。カウンター行動に出る人もいるだろうが、ぼくはそれをやったら、「相手のところまで自分の品位を下げればそれは自分が下がることに言い訳はできない」と東大教授に言われた。それ以来、差別には取り合ったり、取り会わなかったりするが、ぼくは小2にはオーストラリアだから経験値は東大教授より深い。そういうことも含めて、差別のことを対象化して考える年齢に差し掛かる。

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