2012年の記録より(小説)
愛している、と言った手前、そうせざるをえなかったのか、それともそれが「本当」の気持ちだったのか、今になって確かめる術はないのかもしれない。これは愚かな信仰告白かもしれないのだ。過去を振り返ることで人は何をえることができるのだろうか。ぼくは渋谷の松濤の辺りを歩きながら考えていた。駒場へと抜ける道をいつものように辿りながら。ぼくは彼女に申し訳ないことをしたと思っている、申し訳ないことをしない男なんていないともぼくは思うが。
七尾旅人さんのうたを聴いている。放射能があって、全てが変わる前の思いやうたや小説を今、どう書けばいいのだろう。大学時代は既に放射能以前へと遠い過去になる、なったのではないか。ぼくは今からその頃のことを、そしてこれからのことを書きたいと思うのだ。これは私小説ではなく、何なのかまだ分からないが、フィックスされたフィクションであるのは間違いないだろう。人が何かを語ることはいくらかは常にフィクションなのかもしれない。そうでなければ張り裂けてしまう、そういう思いだってある。
ぼくは学生時代の話なんてしたいんじゃない、それはもう昔のことだ、だけど、そこからだって一歩も、半歩も外に出られていないじゃないか、とぼくは思う。その憤りでしかないのかもしれない。32歳になり、卒業からも、6年が経ってしまった。彼女を最後に見てからもう7年になる。Seven years in Tibet, 学生の頃に書いた小説に、7年間の思いのたけを書いたが、そこにはまだ情念も、生き続ける何かも見えていなかったと思う。ぼくはその7年の7年後を書こうとしているのかもしれない。
Chet Baker を聴きながら、この7年間に生まれたジャズへの嗜好を思う。やはり新たなものが人生に導入されて、昔の好きな人を思い出したりしているのはひどく悪趣味なのかもしれない。少なくとも、そこには気の利いた物語の一つもなかった。なかった、ということがもう一つの執着なのだろうか?過去や物語への。
病院の少女はぼくの手相を見て、その頃にいた女性はとてもいい人だ、と言っていた。たしかに彼女の忍耐がなかったら、ぼくはどうなっていたのだろうか。
またぼくに次の恋人ができたころ、それがぼくの運命なのだと思っていたころ、彼女はもはやぼくの人生にいなかった。運命が運命でないとは思っていないけど、運命は去るものでもあるのだろう、そこに再び彼女の面影があるようにも思った、もちろん、それは半分嘘なのだろう…ぼくは分からない立脚点に立っている。ぼくにとって彼女は誰だったんだろう。
今ぼくはスマートフォンがあるから寂しくないのかもしれない、それが新たな孤立の形であるにしても。あるいは過去の女性とはいろんな女性のポリフォニー、多声性なのかもしれない。そうだとしても、ぼくには軸がいる。いや、物語には軸がいる。それは過去を解き放つため、時を前に進める、という月並みな衝動に過ぎない。
未練と発展的解消、両方のことばが頭に去来する。未練を思想だけの問題として処理することはできるのか、また発展的解消とは何か。ぼくはさっきから考えあぐねている。
だけど、過去は戻ってきた。
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