同じ夢は見られるか?

  高校生は夜中に自販機の前で夢を語り合ったりするのだろうか。そういう話を聞いたことがある。

 ぼくは大学1年生のとき、夢を聞いた。語り合ったとも言えない。「政治家になります」と聞いて、「ぼくは作家になる」と言ったのは副次的な夢だった。だから、45歳までは政治哲学できた。大きな夢が挫折するまではぼくは自分の夢を見る必要がなかった。
 大きな夢も、実現しないこともあるが、でも夢なんてそれでいいではないか。ぼくは、本も出せた、ライナーも書けた。奇跡は起きているが、それはモンゴル450万人を救いたい、という大きな夢ほど大きくはない夢だ。でも、「自分のことをしてください」と、それが正しい道なんだろう。夢は挫折してもいい。でも、乗り越えてどこかへは行かなきゃならない。




 クロード・ポランは、レイモン・アロンのアシスタントだったと読んだ。
 レイモン・アロンは、「もしあなたが最高権力者だったとしたらを考えなさい」と政治家にダメだしされたことを語っていた。
 クロード・ポランは講義で、「もし私が政治権力だったら」という前置きで語り出すことがあった。しかし、「わかってもできない」「人間はどんな優れた人も社会には勝てない」ということも言っていた。
 レイモン・アロンはドゴールの参謀であり、クロード・ポランはフランス国防省の顧問など、右派の保守論客である点では、やはりレイモン・アロンとの親和性はあっただろう。
 ぼくは政治家になるという夢を聞いて、同じ夢を観れないかと模索したが、それはデリダに帰着してフランスへ行った。その夢語りがなかったら、ぼくはそれなりにモンゴルに行って馬に乗れたかもしれないが、じん帯をサッカーで切って、フランス行きに変更した。
 それは同じ夢を見たかったからだね。


そしてそこに絵が生まれた。




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