ある帰国者の歩み 

  留学から帰って、それ以前の本を大量に古本屋に売り、CDも手放して、自分は変わったんだ、パリ以前の自分ではないんだ、ということを打ち消したくなかった。




 そこから、1人1人、話し相手を求めた。
 最初は外村先生だった。「メールに返信しない権利がある」と怒られながらも書いていた。他に誰もいなかったので。
 それが2006年スタート。
 ブログを書いていたら、静岡の人と親しくなり、2年半行っていた。書くことはつながることにもなった。
 30歳で父が亡くなり、ぼくは南アフリカワールドカップに行こうと思ったが、母が泣いたので、もう危ないことはさせてもらえないのかと忸怩たる思いがした。
そんななかで佐渡山さんのライヴがあるとツイッターで知り、行こうか迷っていたら、出版社の先輩に、「ライヴなんて行きたかったら行きゃあいいんだよ!」と叱咤されて勇気が出て行った。
 そのときも歌を聴いて、佐渡山さんに話しかけ、「コロンが、コロンが」と譫言のように最初は言ったと思う。悪魔くんの「バランガ、バランガ」みたいに。
 そうやって、この人なら信頼できる、話ができるという人に会いに行った。
 時には精神病院に収監されながらも、納得できる人と話をしたかった。掛け値ない言葉が聞きたかったし、喉が詰まるほど話したかった。
 それは今も変わらない。
 でも、ぼくは18歳の頃から変わっていない。
 パリでスーパーサイヤ人になったわけじゃない。
 確かに、勘違いと、帰国者にありがちな孤立と、必要なプロセスはわりと深めに味わった。
 人は一周回れば、変わらないのだ。




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